今日のこと。

ほとんど今日のことではありません。

1番になりたい

新卒で入社した会社では、社長室に配属された。多分、最初の仕事は社長にお茶を淹れることだったと思う。大学生のときに読んだ、『エグゼクティブ秘書の「気配り」メモ』という本のなかで、著者の佐藤直子さんは「一杯のお茶で唸らせてやろうという気持ちでお茶を淹れていた」と言っていたので、私もそういう気持ちで淹れていた。

 

緑茶は茶葉が高価なほど、低温のお湯で淹れると甘さが増すらしい。ポットのお湯はいつも98度だったので、湯飲みにお湯を注いで、60〜70度になるまでしばらく待つ。急須と湯飲みでお湯を移し替えると、冷めるのも早く、急須も温まって一石二鳥だ。

いい湯加減になったら、茶葉をティースプーン1杯分急須に入れ、湯飲みのお湯を上から注ぐ。このとき、早く抽出するようにと急須を振ったりしてはいけない。黙って待つのだ。しばらくすると茶葉が開くので、きれいな黄緑になったら茶葉が混ざらないようにそっと湯飲みに注ぐ。最後の一滴が1番おいしいので、最後の一滴まで注ぐのがポイントだ。

 

 

入社してすぐの私はできることが少なかったので、とにかく一生懸命お茶を淹れた。

すると、その日の夕方社長とすれ違ったとき、「今日のお茶おいしかった〜」と言ってくれた。お世辞だったかもしれないが、とにかく全力で淹れたお茶だったので、味はどうであれ話題にしてもらえただけでも嬉しかった。以来、私は社長のファンである。

 

社長はいつも褒めてくれた。

 

 

同期の営業の子は、始業前にロールプレイをしていたが、私はない。何もできないのに給料をもらうのが申し訳なかったので、朝は毎日花壇の雑草を取っていた。

 

すると、やはり社長がやってきて、「毎日ありがとう」と声をかけてくれるのだ。

 

 

働き始めて4ヶ月が経つ頃、デスクの電話が鳴り、社長室に呼ばれた。

 

急いで行くと「免許持ってる?」と。

 

「持ってます」と言うと、社長車の鍵を渡された。お盆になると「初盆参り」といって、初盆の社員やお客様の家をまわるから運転してほしいと。とんでもない仕事を仰せつかってしまった……しかし、BMWを運転してみたい気持ちもある。

 

お盆が近づいた日、遂に社長と2人で初盆参りドライブに行くことに。外国の車は、ウインカーとワイパーが逆についている。左折しようとするたびワイパーが左右に振れ、その度社長が後部座席で笑っていた。

 

長崎の街は、坂が多く道が狭い。そんな道を「次を左に曲がって」「そこに止めて」と言う指示通りに運転するのは、むずかしい。いつも乗っている軽自動車に比べて、社長車は横幅が広く、バンパーも長い。ぶつけるかも……と思うときは、思い切って目を閉じた(これは内緒)。

 

 

 

初盆参りから会社に戻ると、やはり社長は褒めてくれた。

 

 

 

「運転上手だね」

 

「今まで運転してくれた女性の中で、2番目に上手だよ」

 

 

 

 

 

1番が、気になりすぎる。