京都・不審庵で夏と冬に行われている、短期講習会。表千家の茶道をしている人であって、いくつかの条件(年齢とか、健康状態とか、免状を取っているかとか簡単なもの)をクリアすれば参加できる、濃密な講習会に参加した。
この講習会は事前情報がほぼゼロで、持ち物さえ「洗面用具と着替え」みたいなザックリした感じ。
寺で寝泊まりするのだが、寝る部屋となる大部屋には時計がなく、もちろん皆時計なんか持って来ていないので、仕方なく鐘で時刻を確かめる。「鐘が鳴ったから、5時だ」みたいな。同じ稽古場に講習会の参加経験者がいる人たちは、しっかりと虫除けスプレー(虫が多い!)とか湿布(正座で疲れた脚にペタペタ貼る)などを持って来ていて感心した。
事前情報がないのは、持ち物だけではない。
7日間ある講習の4日目あたりで、「そういえば、最終日の前日にある懇親会で余興してもらいますから」とサラリと言われ、タイトなスケジュールの中で出し物まで考えなくてはいけないことが判明。
聞くところによると、1つ前の班は先生のモノマネをしたらしい。ちなみに私は先生のモノマネがとても上手で、モノマネをするために必死で話を聞いていた。そうしているうちに、禅語を覚え、千家の歴史を覚え、みんなが忘れているであろう「宗匠はかつてサッカー部だった」という情報まで覚えてしまったのだ!(これは、後にみんなの前でモノマネを披露するときの、鉄板ネタになった)
講習会中は「夜10時に消灯」が決まりで、朝は5時半に起床。もちろん、鐘の音で起きる。
朝起きてすぐに始まる勤行、清掃、食事、稽古、見学、食事、稽古、食事、入浴、勉強会……、そしてあっという間に消灯。これでは余興の準備なんか出来ない。そこで、10時消灯ルールを破るという、なんともハラハラする作戦に。
そうして完成したのが、まさかの寸劇だった。
禅問答をベースに、稽古中に先生がお話してくださった「ハンカチおばさん」の話を織り込む。
ベースとなる禅問答は『南泉斬猫』という公案で、とても有名なものらしい。
「山寺に一匹の美しい猫があらわれた。東西両院の僧達はその猫をめぐって争った。それを見ていた南泉和尚は、その猫の首をつかんで、草刈鎌を擬して、こういった。“大衆道ひ得ば即ち救い得ん。道ひ得ずんば即ち斬却せん”(道は言に同じらしい)衆から答えは出なかったので、南泉和尚は猫を斬って捨てた。日暮れになって、高弟の趙州が帰って来たので、南泉和尚は事の次第を述べて趙州に質した。趙州は、履いていた靴を脱いで、頭の上にのせて出て行った。南泉和尚は嘆じて言った。“ああ、今日お前が居てくれたら、猫の児も助かったものを”と。」
有名な話ということで、特にストーリーの説明をするわけでもなく、修行僧たちが「南無妙法蓮華経」と唱えるところから寸劇をスタートさせることにした。
この話は、猫を斬るぞ!と脅す和尚さんを止めるため、気の利いたことを言わなければいけないという話。
この「気の利いたこと」を大喜利形式で劇にしようということになったのだ。
ここで、例のハンカチおばさんが登場する。
このハンカチおばさんは禅問答とは全く無関係で、不審庵に稽古にいらっしゃっていた女性。
稽古の途中に畳に水をぽたっとこぼしてしまった際、着物の右の袂(たもと)からおもむろにハンカチを取り出し、水を拭いたという。しかし、右の袂というのは本来、飲み口を拭いた紙などを入れるゴミ箱のようなもの。そこから出したハンカチ、しかも、きっと汗を拭いた汚いやつ!で綺麗な稽古場の畳を拭くとは!!!
そこで、先生とハンカチおばさんとの間で、こんなやりとりがあった。
(ハンカチおばさん、ハンカチで畳を拭く)
先生「今、何で拭いた?」
女性「ハンカチです」
先生「どこから出した?」
女性「右の袂です」
先生「右の袂から出したハンカチで、この畳を拭いてはいけないだろう」
女性「そしたら、水をこぼした場合はどうしたら良いのです?」
先生「こぼさなければ良い」
この話を(モノマネのために)覚えていた私は、南泉斬猫に応用できるかも?と提案。
(和尚、猫を斬りそうになる)
女性「和尚!猫の毛が落ちています」
(ハンカチおばさん、ハンカチで毛を拾う)
和尚「今、何で拭いた?」
女性「ハンカチです」
和尚「どこから出した?」
女性「右の袂です」
和尚「右の袂から出したハンカチで、この畳を拭いてはいけないだろう」
女性「そしたら、猫を斬って血が飛び散ったらどうしたら良いのです?」
和尚「斬らなければ良い」
みんな、「それ良いね~」と大賛成。他に3つ案が出揃いシナリオも完成。
結局、言い出しっぺの私がハンカチおばさんを熱演することになった。
懇親会当日。目の前には、山盛りフルーツやお寿司!しかし、全く喉を通らず。
そして本番。渾身の「毛が落ちてます~」で、隣の子から主演女優賞を頂いた。後にも先にも、たった一度の主演女優賞だと思うので、素直に嬉しかった。
ちなみにこの寸劇、オチはダチョウ倶楽部のネタを拝借。
「その猫を斬るなら、私が代わりに死にます!」
「それなら、私が!」
「私が!」「私が!」「私が!」…………
和尚「じゃあ、私が!」
全員「どうぞどうぞ」
(和尚、地団駄を踏む)
(全員、飛ぶ)
有名だからといって説明を加えなかった、禅問答のストーリー。(確かに先生方は、全員ご存知だった)
私たちにとって「みんな知ってる」鉄板ネタのダチョウ倶楽部。(先生方曰く「全然テレビ観ない」らしい)
ダチョウ倶楽部のネタの方に、説明を加えるべきだったか……。反省が残る。