ワーキングホリデービザを使ってカナダに住んでいた1年間、いろいろな所へ旅行した。20歳、大学3年生の時だ。
1番思い出に残っているのは、ペルー。アルバイト先が一緒だった日本人のきみさんに誘われ、生まれて初めて南アメリカの地を踏んだ。何を思い出しても強烈だ。
私たちは、「貧・貧・豪の法則」というルールをつくり、朝と昼はパンをかじるかわりに、夜ご飯は贅沢をした。
贅沢は夜ご飯だけで、宿泊先は現地で安い宿を探す。「HOTEL」と書いてある建物にふらっと入り「部屋空いてますか?」と尋ねて歩くのだ。
その日3軒目にしてようやく見つけた宿は、陽気なセクハラおじさんがいるところで、明らかに奥さんだろうという隣の女性を「いとこだ」と私たちに紹介した。女性は英語が話せないが内容は理解しているようで、私たちのことをずっと睨んでいた。いい迷惑である。
事前に名前とパスポート番号を書かされたが、二人とも適当に書いた。
1,000円ほどの前払金を払い、部屋に案内してもらった。大きな窓から夜景が見え、ベッドがなぜか3台あった。
広い部屋だったが、ドアの施錠は心もとなくて、きみさんはリュックからおもむろに南京錠を取り出すと、慣れた手つきでドアに取り付けた。以来、私も旅行に出かける際は必ず南京錠を持っていく。
セクハラオーナーから「飲みに行こうよ」と誘われたので、一杯くらいならと隣のバーに行った。
セクハラオーナーはジンのお酒を3つ頼んだけど、私たちはマスターに「スプライトに変えてほしい」とこっそり頼み、オーナーが酔い始めたところでバーを出た。
その日の夜は、水道の調子が悪いのかシャワーからはお湯が出なかった。オーナーを呼ぶのは嫌なので、仕方なく水を浴びて眠りについた。
お湯が出ないというのは、よくあることだ。そして私たちは、そういうことにすっかり慣れていた。
今考えても、この頃の自分が1番たくましいと思う。
この日の夜、眠っている間に激しくドアを叩く音がした。
ドンドン、ドンドン。
こういう時、きみさんは絶対起きない。
ドンドン、ドンドン。
私も起きたくなかったし、南京錠をかけているから大丈夫だろうと思っていた。
ドンドン、ドンドン。
あまりにしつこい。
ドンドン、ドンドン。
次の瞬間、オーナーが驚異的な力で南京錠を破壊し、部屋に侵入してきた。
おそらく、ペルーの安宿で男性がドアをぶち壊して侵入してくるというケースは稀だろう。
それでも私たちは動じることなく、のろのろとベッドから立ち上がり(何なら、きみさんは立ち上がる私を確認して、また眠りについた!)、「何の用?」と至って冷静だった。
オーナーは慌てふためいていて、何かぶつぶつ言っていた。やはり水道管の調子が悪かったらしい。下の階が水浸しで大変だ、みたいなことをしきりに叫んでいた。
一通りバスルームの様子を見て、修理して、肝心のドアは壊れたままで去って行った。
翌朝、規定のチェックアウト時刻より随分早い時間に部屋を出た。夜中の騒動でオーナーはまだ寝ているのか。カウンターには誰もいなかったので、鍵だけ置いてそっと出た。
私もきみさんも、その時ばかりはテキパキ動き、阿吽の呼吸で駆け出した。角を曲がったところのスターバックスで、止めていた息をスーッと吐いた。
これが私たちにとって、最初で最後の無銭宿泊である。
その後、私たちはカナダへ戻る飛行機を乗り過ごした。おかげで、新しいチケットを買わなければいけなくなった。神様は私たちの悪行を見ていたのかな。
南京錠は、役に立たない。
悪いことは、しちゃいけない。
ペルーへの旅行を考えている方は、ぜひどこかにメモしておいてほしい。