私たち(きみさんと私)2人は、マンダリンというカナダ・オンタリオ州に展開するチャイニーズビュッフェレストランで働いていた。
海外の仕事は日本と違って役割が明確に分かれている。私たちの仕事は、ビュッフェの料理を取り替えることなので、注文をとったり、会計をしたりという他の仕事は一切してはいけなかった。
仕事に応じて、制服も分かれていた。接客スタッフは可愛い制服だったが、私たちは、ポロシャツにエプロンという超ラフスタイル。汚れてもいいように、ポロシャツは何枚も支給された。
働いてお金が貯まり始めた夏のある日、きみさんがペルー旅行に誘ってくれた。例のペルー旅行だ。
ペルー旅行の計画中、マチュピチュの壮大な自然を体現しうるのは山下清しかいないという結論に至った。よって、白いタンクトップを着ようということになったが、そんなタンクトップ、持っていない。
そこで、マンダリンのポロシャツをリメイクすることにした。何枚もあるから良いだろうと、勝手にハサミを入れた。
職場の人には内緒にしていたけれど、旅行から帰ってきたときには全員にバレていた。Facebookに載せたこの写真がいけなかったのか…… 怒られると思ったけど、みんなgoodだと褒めてくれた。
マチュピチュまでの道のりは、想像以上に長い。クスコから乗合バスでオリヤンタイタンボへ行き、そこから電車でマチュピチュへ向かう。私たちは、この電車を「コロコロトレイン」と呼んだ。なんとなく、その方が可愛いからだ。
コロコロトレインは私たちを乗せて、マチュピチュの麓にある「マチュピチュ村」まで運んでくれた。コロコロトレインの中は日本語が飛び交っている。日本人ばかりで驚いた。
日本人観光客が多いので、マチュピチュ村の駅近くにある雑貨屋さんでは日本語が通じた。むしろ、英語は通じないのでこれまたびっくり。"Where is the washroom?" も通じない。
村の奥に進んでいくと、やがて日本語さえ通じなくなる。スペイン語は話せないので、いつものように旅の指差し会話帳を開いた。
ここでベトナム旅行の失敗は繰り返さないので安心してほしい。
その日泊まる宿を見つけ、部屋に荷物を置く。鍵がかかるかチェックして、夜ご飯を食べに外に出た。質素だけど、可愛らしい部屋だった。
レストランはすぐに見つかり、席に案内された。
なかなかオシャレな店内だ。
音楽もいい感じ。
内装もかわいい。
しかし、なかなかメニューを持ってきてくれない。忘れてるのだろうか。
「メニューをください」を指差し会話帳で調べようとしたその時、ある考えがひらめいた。
彼らは英語も日本語も分からない。
それならば、意味不明な単語で話しかけても良いのでは?
言語は意味を理解している人同士では機能するが、知らなければただの音。
「Hello!」も「こんにちは」も「sjuyvgrcsdhk」も全部一緒じゃないかと。
そこで「ポイポイ」だけで会話を試みようということになり、早速実験することにした。
私は満を持して立ち上がり、男性スタッフに話しかける。
「ポイポイ(すみません)」
「ポイポイポポイポイポイポイ?(メニューを見せていただけませんか?)」
(こういう言葉を使う国からやってきました風のすまし顔)
すると、男性スタッフ、聞きなれない言語に戸惑ったのか、浮かない表情。
そして一言。
"I don’t understand you.”
まさかの、英語通じる人だった。
彼は私の目を見て「分からない」と言っている。
私だって、自分が何を言っているのか分からない。
そそくさと退散。
ポイポイ語を使うポイポイ王国立国の夢は、あっけなく散った。
山下清スタイルでなければ、袖で涙を拭けたのに。
おにぎりの代わりに、美味しいキッシュを頬張った。