今日のこと。

ほとんど今日のことではありません。

室町時代の衝撃

小さいとき、いろんなことが不思議だった。

 

車で走っていると、なんで月は追いかけてくるんだろうとか。

お父さんは誰から生まれたんだろうとか。

 

7歳くらいまで、お母さんはお父さんから生まれたのだと思っていた。だから、お父さんを生んだ人がどうしても分からなかった。

 

 

 

小さいとき、大人はいろんな嘘をついた。

 

私のお腹には猫の赤ちゃんがいるとか。

お腹がグーッとなると、それは猫の声だと言われたので、幼いながらに「身ごもったんだ」と思った。「身ごもる」という言葉を知っていたかは、覚えていないけど。

 

母からは、私は本明川で拾ってきた子だと言われた。小学5年生のときにクラスの子に言ったら、「私も同じことを言われた」と言っていた。きっと、多くのお母さんはその手の冗談を一度はつくらしい。

 

母は「穴あけパンチ」のことを「穴あけパッチン」と言う。

私は高校生くらいまで「穴あけパッチン」だと信じて疑わなかったので、本当は穴あけパンチだと知ったときは驚いた。「穴あけパッチン取ってくれる?」と言ったとき、真顔で「穴あけパンチだよ」と訂正してくれた友人の顔が忘れられない。

そしたら今年、「冷麺」のことを「ブレーメン」と教えられて信じ続けた子を見つけて、やっぱりお母さんは壮大なドッキリを仕掛けるのだと確信した。

 

いとこの女の子は、犬のマルチーズのことを「ハムチーズ」と言う。「かわいいからそのままでいいや」と訂正していない。多分そういうことの延長で、壮大なドッキリはできあがるのだろう。

 

 

 

そういえば、お母さんはお父さんから生まれたんじゃないと分かった頃、おばあちゃんの家には猫がいた。名前は「金閣」と「銀閣」。お母さんの妹(私からみると、叔母さん)がつけたらしい。その頃の私は、室町時代なんて知らないし、足利義満だって知らない。

 

私にとっての「キンカク」と「ギンカク」は、ふわふわでかわいい。猫アレルギーだけど、目を真っ赤にしてよく一緒に遊んだ。

 

彼らの名前が寺の名前だと知ったのは、小学校高学年の時だっただろうか。社会の教科書に載っている金ピカの金閣寺を見て、「やられた!」と思った。これも、なかなか壮大なドッキリの1つだと思う。(叔母さんはそんなつもりで名付けたわけではないだろうけど)

 

私は、今でも壮大なドッキリが残っているような気がしている。

ずっと先にびっくりするような、まだ気付いていないこと。

 早く知りたいような、まだ知りたくないような。

 

 

まずは、いとこがマルチーズを飼うか、ハムチーズを食べる日を楽しみに待つとしよう。