カナダに住んでいたとき、いつも近所のウォルマートで買い物をしていた。食品はもちろん、日用品や医薬品、電化製品も揃っている。さすがウォルマートだ。
私が住んでいたのはシェアハウスで、自分の部屋はあるものの、トイレとお風呂、リビングは共用。いろんな人が出入りする家だった。
留学前(カナダではあまり勉強をしていないので「留学」という言葉は使いたくないのだけど)、「日本人はモテるから気をつけなさい」といろんな人に言われた。
なかには、スケジュール帳にナンパされた回数を正の字で記録していたという強者もいた。
出入りの多い家に住んでいたこともあって、私はいつも気をつけていたけど、本当に、本当に、本当にモテなかった。
私の生活は、学校とアルバイト先、そして家の3拠点で完結する。夜に出かけることもほとんどない。毎週金曜日に近所のMohawk Colleageで開かれるクラブには、提示したパスポートと顔が違うという理由で出入り禁止になった。どれだけ本人だと主張しても、"Sorry, honey."としか言われなかった。そういうわけで、学校帰りにウォルマートで買い物するのが数少ない楽しみの1つだった。
その日、私はシャンプーを買いに行って、どれにしようか悩んでいた。
すると、坊主の男性が目の前に現れた。
“Excuse me?” と話しかけられ、イヤホンを外す。
すると、「オススメのシャンプーはどれ?」と彼。
果たして、彼にシャンプーは必要なのだろうか……
しかし、私は一生懸命選んだ。
困っている人がいたら力になりなさいと、おばあちゃんや先生たちが言っていたからだ。
坊主のシャンプー事情には精通していないので、とりあえずコスパを重視して「パンテーン」を選んだ。
差し出すと、彼は少し戸惑ってはいたものの笑顔で受け取り、「ありがとう。連絡先教えてくれない?」と言う。
これは……ナンパ?
ウォルマートで、
坊主の男性が、
オススメのシャンプーを聞く。
というテクニック……
なかなか強引じゃないだろうか。
この時の私はYukakoさんに借りたモバイルフォンを使っていて、1年限りの番号だったので、ちょっと怪しかったけど連絡先を教えた。(結局、2往復くらいテキストのやりとりをして終わった)
その日の夜、スケジュール帳に「一」を書き込んだことは言うまでもない。
正の字になれなかった、横棒。
しかし、輝いて見える。
ありがとう、声をかけてくれて。
ありがとう、パンテーンを買ってくれて。
やはり、ウォルマートではなんでも揃うのだ。