知らない間に「茅ヶ崎映画祭」が始まり、そして終わってしまった。
茅ヶ崎市内で12本の映画が上映されたこの映画祭は、今年で8回目。各映画の前後には、監督たちのトークショーなどが行われる。豪華なイベントだ。
先日、病院へ予防接種を受けに行こうと準備していたところ、「チケットがあるんだけど、映画を観に行かない?」と連絡をいただいた。
上映されるのは、是枝裕和監督の「歩いても 歩いても」。さらに上映後には、是枝監督のティーチインも実施されるという。
大急ぎで予防接種をリスケして、茅ヶ崎イオンシネマへ向かった。
「歩いても 歩いても」は、是枝監督が母の死に向き合った映画だという。
老夫婦の家に、その子どもと孫たち2家族が集まるある1日を描いている。
『映画を撮りながら考えたこと』を読んで以来、少しずつ是枝監督の作品を観ているが、「歩いても 歩いても」はまだ観ていなかったので、大きなスクリーンで観ることができてよかった!
ティーチインは、茅ヶ崎映画祭主催者であり是枝監督が映画の構想を練る際の合宿所として利用されている「茅ヶ崎館」の5代目館主でもある森浩章さんとのトークに加え、観客からの質問に是枝監督自ら答えるという内容。
ちなみに是枝監督は、毎回茅ヶ崎館の「二番の部屋」に宿泊されるとのこと。しかも、「歩いても 歩いても」で母親役を演じた樹木希林さんが最後に出演された映画は、茅ヶ崎館の女将役。この二番の部屋で撮影されたらしい。
ティーチインは、茅ヶ崎館の話しから始まり、樹木希林さんの話へと続いた。
Q. この脚本を書き始めたのは茅ヶ崎館らしいですね。
A. そうです。昔の映画監督の本を読んでいると、旅館にこもって書く脚本家がいて、贅沢だなと思いました。小津さんが茅ヶ崎館で書いていると聞いたので、自分も監督だしと思ってひやかしの気持ちで行ったのが最初。
ネットがラウンジしか繋がらないのがすごく良くて、夜中に波音が聞こえてきたり、それを引き裂くように暴走族の音が聞こえてくるんですよね。それが良くて、筆が進んだんです。
海沿いで書いた脚本なので、この作品にはそれが反映されたと思います。ここ10年は、映画の構想は茅ヶ崎館で練っています。
Q. この作品には樹木希林さんが出演されていますが、希林さんに出会ったのはいつですか。
A. 2007年の春先にオファーしました。それまでは面識もなく、「東京タワー」という映画で主演級の役をされているのをみて、もしかしたら引き受けてくれるかもと。
Q. 初対面のときはどういう感じでしたか?
A. 約束の30分前に来て、あたふたしている僕らを見て喜んでいる感じ(笑)
「私が引き受けなかったら、この役は誰に頼むの?」って言われました。
希林さんに決まってから、本読みとかをみんなで集まってやるんですが、厳しい方だと噂で聞いていたので緊張感をもって臨みました。相性は良かったみたいで、この後も交流が続きました。
Q. 数年前に、是枝監督自身のお母様が亡くなられましたよね。
A. 前の年かな。
母親に歯を心配された記憶とか、バス停で握手しようとするとか。亡くなった後に脚本を書いているので、そういう母親のエピソードを散りばめています。
希林さんにオファーしたとき、「あなたの母親を演じるつもりはない」と言われて、私も母親を演じてもらっているというつもりはありませんでした。
Q. 希林さんがだんだん体調が悪くなっていたのを感じられたのでしょうか。
A. そんなことはないんだよな。このときはお元気でしたし、「万引き家族」の時もお元気でした。3月終わりに会った時に、ペットの画像を見せられて、「終活に入るので」とはっきり言われましたけど。
Q. 1年に1作品撮られるのであれば、あと20本くらい撮りたいというのはあるのでしょうか。
A. そんなの無理ですよ。ここ最近は1年に1本撮ってますけど。デビューした頃は3年に1本だったんですが、2年に1本くらいがちょうどいいと思っています。
「万引き家族」を撮ったときは、希林さんと会わせたいという目的で安藤サクラと松岡茉優をキャスティングしました。20代、30代で演技力のある2人に希林さんを見せておきたかった。
Q. 僕はYOUさんが好きなんですが。
A. 壊し屋ですね(笑)脚本を渡しても、1度も読んでこない。「覚えてきてください」って言ったけど、覚えてこなかったね(笑)最後のリハーサルまで台本を持ったままやっていたけど、本番になると完璧なの。そこは不思議。
でも、1人そういう生モノが入ると固まらないので撮っている方はおもしろいんだけどね。
Q. ご飯を作るシーンや食べるシーンはどういう考えで撮られているんですか。
A. 母親が作っていたものが多いです。とうもろこしの天ぷらは母親がよく作っていたので。とうもろこしをザルに入れて、ザッザッてふるう音が好きだったので撮ろうと思っていました。
とうもろこしの天ぷらが油で弾けるのを撮ろうと思ったけど、大変でした。ポンっという音のいい塩梅を、油の温度や衣の割合を実験しながら微妙に調整して撮りました。
Q. これから茅ヶ崎でもロケをされるんですか。
A. 茅ヶ崎館を先に撮られてしまいました。希林さんの最後の作品も茅ヶ崎館が舞台ですよね。二番の部屋だった。
Q. 杉村春子さんが若い時に茅ヶ崎館にきたことがあるから、希林さんはこの映画に出演されたのではないかと。
A. 希林さんは、杉村春子さんの付き人をされていましたね。
バス停からバスを見送って、そのあとの小走りする希林さんの感じが「杉村春子だ」と思った。意識しているんじゃないかなって。重力が上の方で軽やかになる感じ。
希林さんは、最後の数年はどのようにキャリアを終わらせていくか、結構考えていた気がします。
Q.是枝監督の作品には「良多」という名前の役がよく登場しますが、なぜ「良太」ではなく「良多」なんですか。
A. 友達にいるんです。高校のバレー部の後輩で、良いことが多いという名前は親の気持ちが伝わる名前だと思って名前を借りました。彼には「名前借りるから」って、借りるたびに電話しています。
「次は誰ですか」って言われて「福山雅治です」っていうと、「OKです」って(笑)
Q. ブルーライトヨコハマがいつ頃かという時に西暦を使ったのは?
A. 特に意識していません。
ブルーライトヨコハマは、子どもの頃に「夜のヒットスタジオ」でいしだあゆみを見て、アイススケートをブルーの衣装でやっていて、さらに「ヨコハマ」っていう響きも相まって「これはモダンなものを見た」という印象がありました。何かのタイミングで自分の映画で使いたいと思って使いました。
Q. 希林さんやYOUさんのセリフはアドリブが多いんですか。
A. 基本的にはアドリブはないんですよ。でも、本読みや楽屋での彼らの会話を聞いてセリフに取り入れたシーンはありました。
「あんた、綺麗なんだからおでこ出しなさいよ」は、2人が楽屋でやっていた会話をいいなと思って差し込みました。
他にも原田芳雄さんの「昴は演歌じゃないよ」も、本読みの時に原田さんが言ったセリフをそのまま使いました。
Q. お墓や階段のシーンと蝶々のシーンが印象的でしたがエピソードはありますか。
A. 墓地と階段は別の場所なんです。あの墓地を見つけて、そこから電車が走るのを見た時に、この絵がラストカットだなと思いました。
蝶々は、母に「モンキチョウはモンシロチョウが1年越えて戻ってきたものだ」と言われたのを信じていたというエピソードがもとになっています。
蝶々が死者の魂を運んでくるというのは、東南アジアでも言われているようです。
Q. 映画は非日常や日常を描きますが、それぞれの難しさはどういうところですか。
A. 希林さんがよく言っていたのが「ほとんどの人は殺人犯を見たことがないから、どう演じてもいい」と。「だけど、お風呂を洗ったりご飯を作ったりというのはみんな経験しているから、1番大変」だと。
という感じで、あっという間の1時間だった。
是枝監督はこの日、新しい映画の編集などを終えてパリから直接参加されたとのこと。ティーチインって、なんて素晴らしい機会! とても楽しかった! 最高!
映画に限らず、作り手の話を直接聞くのはおもしろい!
※ノートに書きたい気持ちと是枝裕和監督を見たい気持ちとどちらも高まって、ノールックで書き殴るという荒業で記録したので、もちろんここに書いたことが全てではありません。
今回の質疑応答の内容は、『映画を撮りながら考えたこと』にも、その詳細が書かれてある。
個人的には、映画を観た後で本を読むのが良い。もっと言えば、映画→本→映画 がベストだと思う。
「このシーンは、こういうことだったのか」
「このシーンは、こうやって撮っているのか」
と、楽しめます。
映画と本を行ったり来たりして、他の作品も観てみよう!